先生のブログ

授業参観日

昨日は授業参観日でした。

授業開始前に、生徒から一言。

「自分達も頑張るから、先生も一緒に頑張ろう。」

「いつも通りの姿を見せたらいいよ。」

何とも、微笑ましく頼もしいコメント。

 

教育とは、「可能性」を引き出し伸ばすこと。

 

ほどよい緊張感の中で、懸命に学ぶ姿に、

『星の王子様』が重なりました。

 

(かんじんなことは目に見えないんだよ。)

 

(悦)

 

 

雨の日の出来事

体験したこともないような大きな台風21号が近畿地方を襲った日、所要があって朝から半日を梅田で過ごすことになった。公共交通機関が止まるかもしれないということで、急きょ私が身内を車で送り届け、予定が終わったらまた車で帰るという運転手役を買って出たのだ。

予定時間より少し早く梅田に到着。下調べしていた比較的安価な駐車場に車を止め、目的地まですこしだけ歩いた。再会場所と時間を確認し同行人と別れた。

特に目的なく2時間ほど地下街を歩いていた時、ふとあることに気が付いた。かばんには自分の傘しか入っていなかったのだ。すでに雨脚は強まっていた。駐車場へは外へ出なければならず、やむを得ず地下街を歩きながら見つけていたコンビニへビニール傘を買いに行った。そこでちょっとした「不意打ち」にあったのだ。

学生風のアルバイト店員に、傘をすぐ使う旨をつたえ、タグをはさみで切ってもらったあとの一言だ。

「大事にお使いくださいね」

客に向けた言葉として適切かどうか別として、若者の、マニュアルではなかろう自然体のその言葉に、思わずハッとなる。

とっさに口に出た言葉が

「ありがとう」

幸いビニールは強まる風にも耐え、同行者ともども無事に駐車場までたどり着くことができた。

傘は最も多い忘れ物だと聞く。無意識のうちに消耗品扱いされていたようだ。自分の所有物として愛着を持てるかどうかは個人次第。小銭で買える傘も、ブランドの傘も大切に使わねば。

身の回り「モノ」のこと…考えてみては? (幸)

空を見上げる

最近は昼夜の寒暖差が大きくなってきて、冬が近づいてきているのを感じます。富士山ではすでに初冠雪もあったようです。

私は季節のなかでも冬が好きです。その理由には、寒さで体がシャキッとする感覚、しんしんと降る雪(関西ではなかなか見る機会がないですが)などさまざまありますが、その1つに星が観測しやすいことがあります。小学校の頃から天体に興味があり、冬休みの自由研究で冬の大三角形やオリオン座といった冬の星座について調べたこともあります。冬は空気が乾燥しているので大気中のちりが少なく、星の観測には適していると言われています。しかし、住宅密集地では夜間でも灯りが多いため、最近ではなかなか夜空を見上げる機会が減っていました。

昨年の夏に、帰省とペルセウス座流星群が地球に最接近するタイミングがちょうど重なり、実家の近くの灯りの少ない小高い丘まで登って、天体観測をしました。横になって夜空を見上げると、数えきれないほど多くの星がはっきりと、さらに時折流れ星も見え、童心にかえって何時間も夜空を見続けました。

はるか遠くで瞬いている星をずっと眺めていると、日常のちょっとしたことや、自分の悩みのちっぽけさを感じさせられて、気分が清々しくなります。来月11月には、しし座流星群が地球に最接近します。ぜひ、気分転換に夜空を見上げてみて下さい。 

                                                       (美)

 

礼儀と恥

 「礼儀正しくあれ」。これは人として当たり前のことである。礼儀はその人の人格に対する尊敬の念から生まれるものだから、外見のみのものは、実質が伴わない虚礼であって、先方をあなどるようなものである。また、自分の利益のために尽くす礼はへつらいであり、財産の前にひざまずくようなものである。

 「恥を知れ」という叱責の常套句がある。江戸時代後期の大名、津軽信明がこんなことを言っている。「人は誰も恥を知らなければならない。恥を知らなければ忠義も孝行もないであろう。行動の基準はこの恥を知ることから始まる。そうであるなら恥じるべきもののひとつは、それぞれがその家に伝わる家業を忘れることだ。これは大きな恥である。例えば、出家しても仏の道を知らず、医者が薬を知らないのも恥のひとつである。自分が為すことがあるのに、しないでいるのはなおさら恥である」。今は恥よりも損得、金儲けか。しかし、古くさいかもしれないが、これは真理だと思う。(政)

1度きりの人生、「生きる」とは…?

先日、部屋の片付けをしていると古いアルバムが目に留まり、思わず手に取りページを開いてみると、なんとそこには10代20代の頃の懐かしい写真がありました。自分が生まれて半世紀以上経ったことを改めて実感。平均寿命が延び、人生85年時代を迎えようとしている今、折り返し地点を既に過ぎているのです。そう思ったとき、「生きる」ということについて、私なりに少し考えてみました。

日常生活において、たいていの人は「変化」を嫌い、「安定=幸福」と考えがちだと思います。そう言う私自身も、これまで安定志向型で生きてきた人のひとりです。しかし、「生きる」ということは、そもそも不安定なものであり、いかに連続する変化に適応していけるかということだと感じるようになりました。変化といっても良いことばかりではありません。今まで順調にいっていたことが上手くいかなくなる。人間関係や身体の異変。世の中には自分の力ではどうすることもできないことが沢山あります。それならば、たとえ平凡な日常であったとしても何事にも心から感謝し、喜び、変化を楽しむことが大切であると思えるようになりました。自分の心の持ちようで、精神的に楽になり、価値観も変わるものだと気づきました。究極、「生きる」ではなく、「生かされている」ということなのかもしれません。

「生きる」ということは、時として悩み、苦しみ、傷つくことでもあるけれど、それは、決して無駄なことではなく、人間としての魅力をそなえ、その後の成長へと導くものだと信じたいと思います。私は自分が悩んだり、心が折れそうになった時、以前に読んだ「ある本」を思い出します。そこには、おおよそ次のようなことが書かれていました。「真珠貝はそのままでは真珠という実を結べない。外部から異物をもって貝の膜に傷をつける。傷ついた貝は、自らその傷を癒すために特殊な粘液を出す。その癒しの業が美しく輝く真珠となる。」というような内容でした。これまでの人生を振り返ったとき、一つひとつのできごとが多くの意味をもつものであり、痛みを痛みとしながらも、これからは小さくてもいいから、自分の心の中に美しい真珠をつくって生きていきたいと思います。                  (起)

父親(オヤジ)!

今年の夏、父親の13回忌を行った。私も父親18年生となり「こんな時、オヤジならどうするやろう?」と思うこともしばしばである。父親は、昭和11年生まれで鹿児島県指宿市で生まれ育った。終戦時は小学3年生で、当時のことを小学生だった姉や私によく話をしてくれた。さつまいもの「つる」までたべたこと、白米などめったに口に入らず卵は贅沢品であったこと等々。

指宿に帰省したときなどは、蝉取りなどいっしょに遊んでくれたことを思い出す。ある日、「探検」と称して防空壕の中に2人で入った時のことである。奥の方まで進んで周りが暗くなってきたとき、あろうことか父親は私を残し、全速力で出口へ駆け出したのである。恐怖で思うように走れず、やっとの思いで出口にたどり着いた私は、半泣きであった。それを見た父親は大笑いしながら「情けないの~!」と言い放ったのである。その時、私は「なんちゅう親や!」と思ったことを今でも忘れない。それともう一つ。指宿で海水浴をしていた時、「浮き輪つけろ。ちょっと遠くまで行こう!」と言われ何の疑いもなく父親について行った。しばらく泳いでいくと(当然足はつかない)、またしても父親は私の浮き輪をうばい、ひとりで泳いで帰ってしまったのである。私は無我夢中で泳ぎ、なんとか岸にたどり着いた。父親は「これでお前も泳げるようになるやろ!」とでも思ったのだろう。かくして、水泳が大の苦手な私が誕生したのである。

そんな父親も癌を患い余命宣告を受けたとき、私に言った言葉が忘れられない。「延命処置はいらん。危篤の知らせがあっても、お前は来んでええ。お前は将来のある生徒を預かっとるんやから、今から死ぬワシのために時間を使わんでええ。そのかわり、葬式はお前が仕切れ!」私は「オヤジらしいなぁ」と思った。それから12年以上が経つ。あの世でオヤジは私の子育てを見てどう思っているだろう?「もっとバチバチいかんかい!」と思っているだろうか?イヤイヤ、孫には優しいじっちゃんだった。もし、私が同じことをすれば「アホか!」と鉄拳制裁を受けそうだ。(笑) お彼岸から1ヶ月近く経つ。そろそろお墓参りにでも行こうかな。「オヤジがブログの主人公になったで」と報告をしに……!  (慶)

大盛況!学院祭古本市

10月7日は学院祭でした。

ラーニングセンターでは、毎年恒例の『古本市』を開催しました。

古本市とは、この1年間に寄贈いただいた本の販売及び

除籍した本や雑誌を無料でお譲りするイベントです。

この日のために、図書委員は、

1学期からコツコツと準備をしてきました。

 

学院祭当日は、いつもの閲覧室が

にぎやかなイベント会場へと変身しました。

今年の販売係は高校1年生です。

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ところでここ数年、人気なのがビンゴゲーム大会です。

ビンゴゲームは、古本市で300円以上お買い上げの方に

ご参加いただきました。

ビンゴゲーム大会運営は2年生です。

なかなかの司会ぶりに感心しました。

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豪華(?)景品を手に入れたお客様も、

参加賞しかもらえなかったお客様も、

みんな笑顔で過ごしてくださったように思います。

 

おかげさまで、なんと古本市の売り上げが

8万円を超えました!

この売り上げは、学院の読書環境の充実に役立てたいと思います。

父母の会の皆様、生徒の皆さん、そして教職員の皆様、

多大なご協力をいただき、誠に有難うございました。

来年の学院祭も、

ラーニングセンターへぜひお立ち寄りください。(品)

 

学院祭 むかしといま

12年前、私が初めて担任したクラスは高校2年7組。生徒たちにとっては高校生活最後の、そして私にとっては担任として初めての学院祭を、一生の思い出とすることができました。

当時の学院祭は、金曜日にステージ発表のみ実施の「校内祭」、翌土曜日に模擬店や展示、コルベ講堂ステージなどの「公開祭」の二日開催でした。高2は金曜日のステージか土曜日の模擬店・展示かを選ぶことができ、私のクラスは校内祭のステージを選択。中高6学年全員の前でのパフォーマンスです。

初担任とはいえ、31歳で転職してきた私はこの時すでに34歳。生徒たちからも「おっちゃん」扱いされていたので、彼らのしたいようにさせてあげられたら・・・と思っていたら、

 

「先生、いっしょに踊らなあかんねんで」

 

当時の学院祭は、先生が生徒と同じステージに立つことはタブーとされていましたし、ダンスなんてとてもとても、と思って拒否していたのですが、

 

「先生も7組のメンバーやろ?」
「みんなで踊りたいねん」

 

・・・なんていい子たちなんだ(笑)と嬉しい気持ちもあり、しかし他の先生たちはどう思われるだろう、と悩みつつも、やはり生徒たちの気持ちを無駄にはできない!と、一緒に踊ることを決意しました。彼らの演出で、当時流行していた「小力パラパラ」を踊ることになり、DVDを購入して本番まで毎晩妻と一緒に練習し、ついでに髪形や体型もできるだけオリジナルに似せようと努力し(あまりせずに済みましたが)、何よりクラスの子たちに最高の思い出を作ってあげたい!との思いで頑張った結果は、なんと最優秀賞。当然、いろいろなご意見もいただき、いろいろ悩んだ時期もありましたが、生徒の一言で救われました。

 

「先生、あたしら、“伝説”作ったんやんなあ」

 

それが伝説になったかどうかはわかりませんが、その翌年の校内祭では3人の先生が生徒と一緒にダンスをしていました。そして月日が流れ、今の学院祭では先生も生徒も一緒になって楽しんでいる様子があちこちで見られます。私自身も昨年度は軽音楽部のステージで、生徒のバンドの「助っ人」として、激しい曲を必死になって練習して、どうにか演奏し切りました。

 

さあ、今週土曜日はいよいよ学院祭です。お天気が心配ですが、仁川学院にかかわるすべての人たちが幸せな時間を共有できると思います。本校の受験をお考えの皆さんも、ぜひ足を運んでみてくださいね。

(瀬)

第42回 仁川学院中学校 運動会を終えて・・・

 9月23日(土)に運動会を実施しました。今年度の運動会は種目を少し変更し、内容の工夫や新しい要素を取り入れました。天候が心配されましたが、生徒たちの運動会に対する熱い思いが伝わり、晴れ晴れとした運動会日和となりました。どの競技も盛り上がり、仲間のために戦う強い気持ちが非常によく表現され、とても感動的でした。
毎日、暑い中繰り返し練習を重ね、時には厳しい言葉をかける場面もありました。しかし、誰一人諦めず最後までやり抜けたのは、全員がこの運動会を最高のものにしようという強い気持ちを持っていたからだと思います。運動会で得た仲間意識や団結力を今後の学校生活で活かしてもらえたらと思います。(人)

不自由な中で

先日、何でもない道路の窪みに足を取られて足首を捻挫した。たいしたことはないと思っていたら、思いのほか腫れがひどくなった。思い通りに動かない足を引きずりながら、以前に同じところを捻挫していたことを思い出した。15年以上も前のことである。15年の間捻挫することは無かったのに、すっかり忘れた頃にまた挫くとは。元気だと思っていても体は正直で、確実に衰えていることを痛感した。
そしてもう一つ、不自由さを感じながら思い出したことがある。妊娠中の出来事である。大きなお腹を抱えながら朝、電車で通勤しているときのこと。西宮北口から電車に乗り込むと、車内はすでに混みあっていて座席は空いていなかった。しかしそれは毎朝のことで、いつものように吊り革につかまり立っていた。すると前に座っていた高校生が急に立ち上がり、無言のまま足早に電車を降りて行った。急なことで、私に席を譲ってくれたのだと気づくのに時間がかかった。慌ててお礼を伝えようとした時、すでに彼の姿を車内に見ることはできなかった。何とも言えない温かい気持ちになった。そして何より嬉しかったのは、彼が仁川学院生であったことだ。顔も名前も知らない高校生だったので、きっと彼も私が教員だとは知らなかったはずである。時に大切なのは、言葉より行動だ。この不器用だが優しさに溢れた行為に、いつまでも感動と誇らしさが続いた。
ここ数日自分を情けなく思うことばかりだったが、この出来事を思い出し、なんだか励まされた。もう卒業しているであろう彼、本当にありがとう。

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