先生のブログ

2015年

高1 職業別説明会

12月10日(木)午後、24種の様々な企業・業種から来校いただき、リアルな職業説明の機会を得た。事前にそれぞれ希望した職種の話を聞けるとあって、生徒たちの好奇心の強さは朝の空気からも読み取れた。45分ずつ、2職種の実際の職業人からの話はどれも期待を越えるもので、終礼になっても生徒たちは、お互いのそれぞれの話に花が咲いていた。生徒の感想より抜粋。

「企業や社会が求めている人材は,『変化への対応力が備わっている人』だと知った。」

「松下幸之助曰く、『すぐにはできない→時間をかければできる。』『このままではできない→考え方を変えればできる。』『1人ではできない→人を集めればできる。』・・・の考え方に驚いた。」

「あまり将来が決まっていない私に考えを迫らせてくれた説明会だった、来年も1年生にしてあげてほしい。」

「目の前にその職業の本物がいる!と実感して、話により入り込んだ。」

「新聞社の人にみせてもらった祖母の遺骨の入ったタライを抱える少年の少年の写真には思わず涙があふれた。」

「看護師さんの話をこれまでも聞いたことはあったけど、今日の話が一番すごかった。裏側を知ることができた。」

「仕事は決して1人ではできないので、仲間と協力してやっていくと同時に、指示を待つのではなく、自分から進めていけるようにもならないといけないんだとわかった。」

「入社した後も、キャリアデザインの意識を持っている人が伸びると言っていたのは驚いた。」

「薬剤師と言えば薬局のイメージが強かったけど、病院内でチーム医療として活躍していることを知って、ますます憧れが強くなりました。」

「やりたいことや目標は、自分の知識や経験の中からしか選べない、ということを聞いて、本当にそうだと思った。たくさんの情報を増やして、できないことをできるように変えていきたい。」

生徒たちは、自分の将来を少し自分に引き寄せ、現実味を持って体感できたようだった。この説明会にご協力いただいた講師の皆様に心からお礼申し上げます。ありがとうございました。(学年主任)

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被災地を訪れて

今年も後1ヶ月となりました。今年、いろいろな場所で東日本大震災についての話を聞く機会がありました。東日本大震災から4年と9ヶ月…復興がまだまだ進んでいないというその場所を自分の目で見に行きたくなり、先日、南三陸に出かけてきました。

仙台から石巻、女川、気仙沼、陸前髙田…どこも復興工事のトラックで道は砂煙が上がっていました。少し高台の家や海岸から離れた地域は、全く普通の町並みが続いています。が、海沿いに出ると、堤防すらまだまだ完成にはほど遠く、何も無い土地が広がっていました。そして、少し海から離れた場所には、仮設住宅が建ち並び、未だにきちんとした家に住めない人が多くいることを感じました。中でも、気仙沼の港は、津波の被害がそのまま残っていました。流された家や建物の基礎は手つかずのまま、津波でぼろぼろになった建物が未だに放置され、とてもじゃないけど震災から5年経とうとしている場所とは思えませんでした。

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でも、三陸で出会った人たちは、ただ観光客として訪れた私を歓迎してくれました。震災が終わっていないことを分かってくれていること、忘れられていないことを喜び、感謝してくれました。「最悪だって思ったところから頑張っていたら、いろんな人の優しさや助けに出会い、イイコトが増えていった。だから、最悪って思ったときこそ頑張らなきゃだめよ。イイコトが待ってるから。」ある商店街のパン屋のおばちゃんの言葉です。

最近、東日本大震災についてのニュースはこのあたりではほとんど流れません。でも、まだまだ不便な不都合な場所で生活している方々がいます。今回、とてもタイトな行程でしたが、現地を見に行けたことはすごく良かったと思います。私は、ただ行っただけで、何もしていません。毎日忙しく、これから特に何かできるわけでもありません。そんな中で、まず、震災の記憶を忘れないこと、伝えること、そんな支援から始めたいなと思います。(村)

 

 

YDK

私には幼稚園に通う娘がいます。

少し昔の話ですが、10月に運動会が行われました。

運動会の定番と言えば、玉入れ、ダンス、応援合戦、etc…

もちろん『かけっこ』もありますよね。

ただ、その『かけっこ』の練習で、問題が発生してしまいました。

娘は『かけっこ』の時に、自分が一番になれないと思うと

走るのをその場でやめてしまったのです。

なので、当然いつも『ビリ』です。

妻も私も娘に「最後までしっかり走ればいいからね」と話したのですが

翌日以降の練習も相変わらずだったそうです。

もし、当日も同じだったら…

そんな一抹の不安を抱えたまま、運動会当日を迎えました。

太鼓、ダンス、お引っ越し競争‥‥と、競技は順調に進んでいきます。

そして、いよいよ『かけっこ』です。

何組めに走るのだろう?と思っていたら … なんと最初の組 !!!!!

「ちょっと待ってくれ~」という心の声もむなしく

無情にもスタートの笛が高らかに鳴ってしまいました。

走り出した娘は、最初から出遅れていて、すでに『ビリ』でした。

前の子に追いつける様子もありません。

むしろ、いつ走るのをやめてもおかしくない状況でした。

なのに… 娘は必死な顔で、懸命に走っているのです。

結局、最後まで『ビリ』のままでしたが、娘は全力で走り切りました。

そんな娘の姿を見て、妻も私も胸が熱くなりました。

それまでの私達の不安はいったい何だったのか… と。

あの時、走り終えた娘の清々しい表情は、今でも忘れられません。

 

「一番じゃなかったらイヤ !! 」と言って走ることを放棄していた娘は

運動会当日、一瞬にしてその気持ちを乗り越えてしまいました。

子供の成長には、いつも驚かされてばかりです。

某CMで有名になったフレーズ『Y(やれば)D(できる)K(こ)』

シンプルですが、改めて子供の可能性を引き出すステキな言葉だと

しみじみ感じている今日この頃です。          (亀)

一日一日を大切に

「我思う、ゆえに我あり。」という命題で有名なルネ・デカルト(1596~1650)は、フランスの哲学者であるとともに著名な数学者です。2つの実数によって平面上の点の位置を表すというデカルト座標を生み出し、解析幾何学の発展に多大な貢献をした人物です。そのデカルトが、次のような言葉を残しています。

 

『一日一日を大切にしなさい。

毎日のわずかな差が、

人生にとって大きな差となって

現れるのですから。』

 

今年も残すところあと一ヶ月になりました。年が明ければ高校三年生は、センター入試、私大入試、国公立大入試と, 自分の将来を左右する大事な試験が続きます。健康に留意して、今取り組むべき勉強にただひたすら真剣に立ち向かってください。一日一日を大切にして、希望をもって前進してください。皆さんの健闘をお祈りしています。(正)

 

師走

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早いもので師走に入りました。今年も余すところ三十日です。

学内の紅葉もあまり進まず「暖冬なのか?」と思いつつフランシスコ像

の背景を飾る欅に目が留まりました。校舎は期末考査中ということもあって静寂です。

一方で、クリスマスへ向けての準備が学内では着々と進んでいます。

コルベ講堂前は例年通り「キリストの降誕」を表現した人形たちで飾られました。

今年はイルミネーションにプラスして「プロジェクション マッピング」が登場します。

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2015年を締め括る『大甲東宴』であれと祈ります。 (進)

 

 

 

 

鑑賞教室で考えたこと

落語家の桂あやめさんは初めて落語に触れたのが中学校の鑑賞教室だったらしい。それ以来自分で寄席を探して行きまくったという。気がつけば入門し、今はこんな風に実際に落語をしているんだと笑っていた。
このエピソードは非常に興味深い。
この鑑賞教室にせよ、どんな行事にせよ、私たちの学校生活は基本的には受身から始まることが多い。その最たるものが毎日の授業であろう。しかし、問題はその先である。どれだけの人が受身から始まった経験を次の自らの能動的な行動につなげることができたか。
桂あやめさんの話は大きなメッセージを示してくれたと思う。(直)

地方と都市

最近多くの都市で、個性や特色がなくなってきたと感じる。どこに行っても同じように見える。一等地にそびえたつ高層ビル、コンビニ、そして大型専門店など。便利に暮らすには仕方がないことかもしれない。それに対して、地方は伝統的な祭りや歴史的な遺産など、そこにしかないものがたくさん残っている。これらの情報をどう発信していくか。ネットでの積極的な情報発信や、無線LANの整備などをよりいっそう、進めて行くべきだと思う。(生)

 

オリンピックと“誇り”

東京オリンピックが開催されたとき、私は3歳だった。

もちろん、2020年(平成32年)に予定されている第32回夏季オリンピックではなく、1964年(昭和39年)10月10日(後の体育の日)から24日の期間にかけて開かれた、第18回夏季オリンピックのことである。太平洋戦争の敗戦からわずか(?)19年、戦後の焼け跡からの“不死鳥”のような復興を象徴する、国家的なプロジェクトだったわけである。

今回のオリンピック招致については、イスタンブールやマドリードというライバル都市に競り勝ち、開催都市に決定したときは、開催そのものを批判をする人もあろうが,正直喜ばしいことだと思った。

しかし、マスコミ報道の通り、「新国立競技場デザイン問題」や「五輪エンブレム問題」等、当初から不手際が噴出する結果になり、まさに前途多難な船出になってしまっている。本当に会場は“納期”どおりに完成し、無事に素晴らしい開会式を迎えることができるのか、さすがに心配になってしまう。

折しも、三井不動産グループが販売した横浜市都筑区の大型マンションで、建物を支える杭の一部が強固な地盤に達しておらず、建物が傾き始めていることが発覚した。日本は、たぐいまれな勤勉さや“納期”の厳守、細やかな技術を駆使した“間違いのない品質”等で、世界から高い評価と信頼を受けていると思っていた私は、考えを変えなければならないのだろうか。

今、第145回直木賞を受賞した池井戸潤氏の『下町ロケット』が、テレビドラマ化されて視聴率も好評である。中小企業が「技術力」とそれに対する「プライド(誇り)」で大企業と競う。そんな痛快さが人気の理由の一つであろう。とまれ、多少のつまづきはあったが、日本人が今まで築き上げてきた「誇り」を忘れないかぎり、今度のオリンピックも、世界に胸を張れる素晴らしいものになるものと信じたい。そして、教師として、“誇り”ある人間を育てていきたいと改めて思った次第である。  (一)

卒業生からの手紙

先日、27歳の卒業生から手紙が届いた。硬式野球部に所属し、3年間クラブ活動をやり遂げ、大学卒業後、現在東京で仕事をしている。聴覚障害を持った生徒で、コミュニケーションに苦しむことも多かった。コンプレックスがあったようでなかなか自分から質問には行けず、手紙には「あの頃もっと積極的に話を聞きに行けていたら…」と、当時の自分への後悔もつづられていた。そんな彼は、今でも野球を続けており、聴覚障害者日本代表に選ばれ、昨年台湾で行われたアジア大会にも出場し、抑え投手としてチームに貢献したという。高校時代の自分への後悔があったからなのだろうか…社会人となった今、自分の足で有名なトレーナーのもとを訪れ、多くのことを吸収し、成長を続けているようだ。来年5月には西宮市で聴覚障害者野球の関西大会が行われる予定で、時間があれば来てくださいとのことであった。何が何でも時間を作り、彼のプレーを目に焼き付けたいと思う。卒業生の頑張りから大きな刺激をもらった。5月の再会を楽しみに、自分も彼に負けない積極性で仕事に取り組んでいきたいと思う。(光)

優しさに触れたとき

先月、久し振りに風邪を引いてしまいました。どちらかと言うと、あまり体調は崩さない方なのにどう言う訳か今回はしぶとく長引いた風邪でした。

そんな中、私の体調を気に留めてくださったのか、様々な方から気遣いの言葉を頂きました。職員室では先生方から、授業では生徒たちから、わざわざ連絡をくれた方も…。

少し大袈裟かもしれませんが、改めて恵まれた環境で過ごさせて頂いているのだと、周囲の方々の優しさや温もりを感じました。

感謝するとともに、次は私がいろんな形で恩返しができたらなと思いました。(江)

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