校長先生のブログ

2017年

沖縄研修旅行前団3日目(30日)

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研修3日目の朝は穏やかに始まりました。今日も前団後団とも良い一日となりますように。

前団は今日、那覇への移動と各班で計画した本島内研修ということで、なかなかいいショットが撮れませんでした。そこで、フサキビーチでの記念写真を載せます。

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明日は観光地沖縄のもう一つの現実を知る少ない機会になります。雨の予報ですが、そんな中でも心に大切なものを刻む一日となりますように。

沖縄研修旅行前団2日目(29日)

研修旅行二日目は石垣島でのメインイベント満載。最高気温29℃の中、様々なアクティビティが朝から夕方まで様々な場所で行われました。

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私は「海のアクティビティ」に参加し、シュノーケリング・幻の島・マリンスポーツを生徒と共に満喫しました。石垣島は最近天候が荒れていたらしく、スタッフの方も「今日は久しぶりに風も波も穏やかな一日!」と満面の笑顔で話されていました。幻の島では、途中通り雨に見舞われましたが、南国らしい雲の流れと共に天気がどんどん変化していく様は、懐かしくも感動的でした。特筆すべきは海水で、その透明度は筆舌に尽くしがたい程でした。

 

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私は自分が参加したものしか報告できませんが、生徒たちは今日、それぞれのアクティビティを満喫してくれていたでしょう。

感謝。

沖縄研修旅行前団1日目(28日)

沖縄研修旅行が始まりました。

石垣では、最高気温28℃という11月末とは思えない程の天気が、私たちを待っていました。

関空に集合し空路石垣へ、石垣空港到着ロビーで南国の空気を吸いいよいよ島内観光です。

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「やいま村」で昼食。川平湾を経て「バンナ展望台」へ

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最後一枚は今日の宿泊地「フサキリゾートホテル」のビーチです。

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明日も好天に恵まれそうです。良き一日をお祈りください。

 

イルミネーション点灯

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2017年も沢山方々の善意(特に保護者有志の皆様)で点灯することが出来ました。仁川学院イルミネーションの自慢は手作りに尽きます。毎年、有志の皆さんが快くお手伝い下さり、コルベ講堂がクリスマスの装いになります。大勢ではなくても、皆さんと一つの物を作り上げる喜びがあります。

この光が、震災で亡くなられた方々の鎮魂と、今日も困難や悩みの中におられる方々の心を照らし、明日への勇気と希望の源となりますように、お祈りいたします。

まだ完成ではありませんが、明日から始まる高2の沖縄研修旅行が終えてから、最後の仕上げをしようと考えています。また、お手伝いして頂ける方々にはご連絡します。

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今年の『クリスマスの夕べ』は

12月16日(土)16:00~19:30(地域交流イベント)

12月23日(土)15:00~19:00(仁川学院企画イベント)

一般公開しています。在校生も卒業生の皆様も是非ご来場ください。

(聖書)主を敬う人

「主を敬う人の死は、主の目に値高い。」詩編116編15節

天井画
カトリック教会の暦で11月は「死者の月」と言われています。そして、11月1日「諸聖人の祝日」の翌日(11月2日)を「死者の日」として、天国に召された霊魂の安息を祈ります。
死は同時に天国での新しい命の誕生を意味しています。実りの秋の感謝に合わせて、自分に命のバトンをつないでくれた近しい人々を思い、祈りながら11月を過ごすのです。
さて、「主を敬う人」とはどんな人を指すのでしょうか。大事なことは信仰心があるかないかの問題よりも、その人が他者に対して誠実な人であるか、どうかということではないでしょうか。困っている人や誰かが悩み苦しんでいる状況を見て、私はどのように行動するのでしょうか。そう考えて行くとマタイ福音書7章でイエス様が言われた「だから、人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなた方も人にしなさい。これこそ律法と預言者である。」に行き着くのではないでしょうか。

(聖書)心の向かい方

『今わたしは人に取り入ろうとしているのでしょうか。それとも、神に取り入ろうとしているのでしょうか。』(ガラテアの信徒への手紙1章10節)

使徒パウロが書いたこの文書は、イエス・キリストの死後そう遠くない時期に書かれていますが、そんな頃からイエス・キリストの福音(教え)は危機に晒されていたことも感じさせます。

絆

10節の前後(6~8・10節)には、こう書かれています。

「キリストの恵みへ招いてくださった方から、あなたがたがこんなにも早く離れて、ほかの福音に乗り換えようとしていることに、わたしはあきれ果てています。
ほかの福音といっても、もう一つ別の福音があるわけではなく、ある人々があなたがたを惑わし、キリストの福音を覆そうとしているにすぎないのです。
しかし、たとえわたしたち自身であれ、天使であれ、わたしたちがあなたがたに告げ知らせたものに反する福音を告げ知らせようとするならば、呪われるがよい。
こんなことを言って、今わたしは人に取り入ろうとしているのでしょうか。それとも、神に取り入ろうとしているのでしょうか。あるいは、何とかして人の気に入ろうとあくせくしているのでしょうか。もし、今なお人の気に入ろうとしているなら、わたしはキリストの僕ではありません。」

 

パウロの周囲には個人的な思惑で、またキリストの福音をよく理解しないで、自分勝手に自分の都合で解釈する人々もいました。キリストの教えの真理を深く考察していたパウロからすれば、それは到底譲れない問題であり、同時にキリスト教神学の危機でもあったのです。しかし、伝える相手は「人」ですから、道から逸れていく人を正しい方向へ導くのはパウロからしてもどれ程大変だったことでしょう。
人間関係の難しさで、言うべきことがあるのに言えなかった経験が皆さんにもあることでしょう。その時、「自分は誰によく見られたいのか!?」という問いに向き合い、自分なりの答えが出せたならば、それが正解ではなくても、そのプロセスは大切なのではないでしょうか。

(聖書)あなたの時、私の時

『何事にも時があり、天の下の出来事にはすべて定められた時がある。』
(コヘレトの書3章1節)

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この一節の続きはこうです。
『生まれる時、死ぬ時。植える時、植えたものを抜く時。
殺す時、癒す時。破壊する時、建てる時。
泣く時、笑う時。嘆く時、踊る時。
石を放つ時、石を集める時。抱擁の時、抱擁を遠ざける時。
求める時、失う時。保つ時、放つ時。
裂く時、縫う時。黙する時、語る時。
愛する時、憎む時。戦いの時、平和の時。
人が労苦してみたところで何になろう。
わたしは、神が人の子らにお与えになった務めを見極めた。
神はすべてを時宜にかなうように造り、また、永遠を思う心を人に与えられる。それでもなお、神のなさる業を始めから終りまで見極めることは許されていない。・・・・・』(2~11節)

全人類に等しく時間は与えられていること。その時間をどのように使い生きてゆくかは、すべて私という個人に任せられていること。これは誰の目にも明白なことと思います。
今正に、私はブログの記事を書く時を過ごし、これを書き上げれば次の仕事に向かいます。
そして、この瞬間も地球上で約70億の人々が、何かしらの時を迎えているはずです。悩みが深かったり、抱えている問題がありながら、二度と巡って来ることのない「今この時」を私たちは生きていることを実感したいものです。

(聖書)人はパンだけで・・・

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『人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる』(マタイ福音書4章4節)

摂食障害のお子さんを持つ友人がいて、話を聞くことがありました。小学生時代から医者に通いながら治療を続けているのですが、原因らしきものが見当たらず、定期的な検診を行いながら高校も終わろうという年齢だそうです。娘さんは普通に日常を過ごしながらも、一度食事の量が脳裏によぎった瞬間から堂々巡りの悩みが始まり、パニック状態になるそうです。母親として今までできる限りの対応をしていたそうですが、まだ出口は見えていない状況のようで、娘さんの為にお祈りしたいと思います。

人は食べなければ生きて行けませんが、多くの人は食べることに違和感があったり、無理をすることはおそらく無く、何気に食べ物を口にしているはずです。しかし、生きてゆくための食で苦しむ人たちにとって、食は同時に自分の命に係わる重要な問題です。摂食障害治療専門のクリニックホームページにいくつかの対処法が載っていますが、その中で大切な柱として「心のケア」が挙げられていました。それはとても大切なことと感じましたし、上記の聖書と通じます。つまり、「心の健康こそが体の健康の源となる。」ということです。

心の健康のために、多くの人が「言葉に癒される」体験をしているはずです。家族や友人知人の何気ない一言に勇気づけられたり、慰められたり、癒されたり等々、重圧に圧し潰されそうな状況を乗り越えた経験を皆さんお持ちでしょう。それは私の立場で言えば、「神の口から出る一つ一つの言葉」ということです。そして、それは皆さん自身が人を生かす「神の言葉になれる」ということでもあるのです。

聖体

(聖書)柔和であれ

 

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何事をなすにも柔和であれ。(シラ書317節)

アッシジの聖フランシスコの祝日(104日)は仁川学院の創立記念日です。私たちフランシスコ会士は、「アッシジの貧者」と呼ばれたフランシスコを敬愛の念を込めて「師父」と呼びます。師父はまさに、この聖書の言葉通り『柔和』を生きた聖人でした。しかし、自分に対しては決して限界を設けず、福音書の精神を徹頭徹尾生きようとした聖人です。

師父は数々の伝説を残し、その功績は世界の偉人たちの中でも群を抜いていることと、彼の作品である『太陽の賛歌』等から、陽(明るい・快活な)のイメージを多くの方々が持たれていますが、この『太陽の賛歌』こそ、彼の死に際に書かれたものなのです。

師父が帰天する約2年前、ラヴェルナ山で神から聖痕(キリストが受難の際、十字架上で受けた傷)を受け、その傷と厳しい修行のゆえに体は急速に悪化して行きます。様々な感染症や合併症によりほぼ失明状態となり、体の様々な痛みに師父はひと時も体の苦しみから解放されない状況の中で、命の終わりの時に向けて最後の歩みが行われていました。そんな中詠まれた『太陽の賛歌』。師父の精神が宿るこの詩を読む時、その眼差しの奥に『創造主』への深い深い信頼と感謝を、感じ取ることができるはずです。

私たちは苦しい時、苦しみの呻き声を上げます。そして、それは普通の反応でしょう。しかし、そんな中でも柔和でいることができることを、師父は私たちに示し、神もそのような境地へ私たちが歩んで行けるように招いておられる。それはあなたも例外ではないのです。

 

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(聖書)体は一つでも・・・

人々

体は一つでも、多くの部分から成っている。(体は)一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶ。(コリントへの第一の手紙121226節)

 

この聖書は分かり易いと思います。人間関係でも特に学校や会社で考える時、いろんなことが見えてくると思うのです。

さて、自分の筋肉に呼びかける芸人さんがいます。筋肉を擬人化しながら笑いを取る訳です。ただこれとはちょっと違いますが、感覚的に「体が喜ぶ」という体験があります。沖縄・宮古島で教会の仕事をしていた2004年春、トライアスロンに挑戦することを決意し、自分が一番苦手な3kmのスイムの練習に、島に一つしかない温水プールへ通った時のことです。最初は絶望的な位泳げないのです。今まで一回も真面目に泳ぎに取り組まなかった人間です。たった25m泳ぐだけでプールの壁で立ち上がり休憩をしなければならない程息が上がるのです。そして、その絶望的な状況が1ヵ月(約10回)位続いたある日、ターンして連続で50m泳ぐことができるようになりました。でも、それでもまだまだ絶望的な状況であることは間違いなく、また足踏み状態が2週間位続き・・・・・と、50mから75mになり100mと距離は伸びますが亀のような鈍さなのです。なかなか距離が伸びないもどかしさと焦りで「これは無理や、もう辞めるか・・・」と、何度もこの言葉が心を巡りました。しかし、そんなある時、自分でも気付かない瞬間から急に連続で泳げる距離が伸び始めるのです。気付いたら300m、500m、1000mと・・・・・。

それは後から分かることなのですが、泳ぎ始めた頃は体(皮膚)が水に馴染んでいないので、水の中に体を沈めること自体がストレスなのです。そんな状態ですから気持ちよく泳げるはずがありません。しかし、何度もプールに通い水に浸っている内に、いつの間にか「皮膚が水に馴染んでいた」のです。生物の起源は海と言われており、また私たちは、母の胎内に10ヵ月もの間浸っていた訳です。「その感覚が蘇ったかのような!」とでも言えるような感覚でしょうか。水中に沈むことに恐怖感も無くなってくるのです。自分の泳ぎが上手ではなくても、「泳ぐ喜び」を感じている、皮膚が水に馴染んでいると感じている時、「体が喜んでいる」ことを実感しました。

2005年春のトライアスロンは無事完走しました。この体験で人間の体が持つ可能性を改めて知ることができたことは、自分の人生観を大きく変えました。聖書のメッセージからは少し離れたかと思いますが、小っちゃな挑戦から始まる物語をお話ししました。

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