校長先生のブログ

(聖書)その一秒を

時計一秒

「朝、種を蒔け、夜にも手を休めるな。実を結ぶのはあれかこれか、それとも両方なのか、分からないのだから。」

               (コヘレトの言葉116節)

 「その一秒をけずりだせ」。2018年新春を飾る箱根駅伝で、東洋大学の走りに何度もアナウンサーが発し、強く心に残った言葉でした。東洋大学陸上部スピリットを象徴するこの言葉、それは同時に私の心も強く揺さぶりました。そして、「私はこの一秒を削りだすような努力をどれだけ出来ているだろうか?」と自問してみました。

確かに、内容は違っても共通する努力を、生活や仕事のある部分で頑張っている自分を見つけ「ホッ」としたりもしましたが、この言葉をもっと若い頃に知っていれば・・・、と感じたのです。なぜなら中学・高校時代、時間は無限にあるような錯覚がありました。時間の流れがゆっくりと感じられ、今日特に頑張らなくても後から幾らでも取り返せるつもりで勉強していたように感じています。でも、それは大きな間違いであり、過ぎ去った時間は決して取り戻せないのです。

 生徒のみなさんは、一日の中ちょっとできたフリーな時間に今何をしていますか。始業式でも話しましたが、「時間をつぶす」ような使い方をしていませんか。やるべきことが見つからず、スマホをいじったり、何となくゲームをしたり、意味のないメッセージを送ったりしていませんか。本当はもっと意味のある時間の使い方を、若い時こそ知るべきなのだと、私は今強く感じています。

 聖書はこのことを熟知し、既に何千年も前から私たちに警告しています。あなたの「一秒を削りだす何か!?」是非、考え行動に移しましょう。

(中学からし種2018年1月号寄稿)

友人から送られてきました。

オーストラリア、ホーリーさんの心の声に耳を傾けましょう。

このメッセージは www.shunya-hitomi.com/ からコピーさせていただきました。

 

メッセージ

ホーリーから、人生のちょっとしたアドバイス

 

 

26歳という若さで、死と向き合い始めるというのは少し珍しいことかもしれません。

なぜなら、多くの人はこのことに目を背けて生きているからです。

毎日は当たり前のように過ぎていきます、まるでそれがずっと続くかのように。

 

 

私もいつか歳を重ね、シワができ、白髪になることを想像していました。

他の多くの人がそう考えるように、たくさんの子どもに囲まれ

愛に溢れた家庭を築くことをいつも考えていました。

しかし人生は儚く、貴重で、予想できないものです。

毎日を生きることは、与えられた権利ではなく贈り物なのです。

 

 

私は27歳です。

まだこの人生を終わらせたくない。

私は自分の人生を愛していて、とても幸せなのです。

でも、もう私にはコントロールすることはできません。

 

 

私はただみんなに、些細で意味のないようなことにあまり心配しないで欲しいのです。

そして覚えておいて下さい。

最後にはみんな同じ運命が待っているということを。

なのであなたの時間を、価値のある素晴らしいと感じることに使って欲しいのです。

嫌だと思うことはしなくていいのです。

 

 

些細なことには寛大でいてください。

もちろんイライラすることはあると思いますが、引きずらないでください。

そのようなことで、周り人々の人生に悪い影響を与えないようにしてください。

イライラしてしまう時は外に出て深呼吸をして、新鮮なオーストラリアの空気を

胸いっぱいに吸い込んで下さい。

そして空の青さを、木々の緑を見てください。それらはとても美しいものです。

考えてみてください。

呼吸ができること、その素晴らしさを。

 

 

もしかしたら今日、渋滞につかまってしまったかもしれませんね。

あなたの愛おしい赤ちゃんが泣きわめくせいで、よく眠れなかったかもしれません。

美容師があなたの髪を短く切りすぎたかもしれないし

変えたばかりのネイルが欠けていたかもしれません。

自分の容姿が気に入らない人もいるかもしれません。

 

 

しかしそれらのことは些細なことです。

あなたが人生の終わりを迎える時、そんなことは考えないと断言できます。

人生全体で見れば、これらのことは本当にどうでもいいことです。

私の身体は日を追うごとに、どんどん痩せ細っていきますが

私の願いは、もう一度だけ家族と誕生日を過ごしたい

もう一度だけクリスマスを迎えたい

もう一度だけパートナーと過ごしたい

それだけです。

たったもう一度だけでいいから。

 

 

仕事がどれだけ大変だったか、エクササイズがどれだけハードだったかなどの

不満を訴える人がいますが、まずは身体が満足に動くことに感謝してください。

たとえ理想の体型でなかったとしても、健康でいられること

身体が機能すること、それだけで素晴らしいことなのです。

食べ過ぎに注意して、適度に運動をし、新鮮な食事で十分な栄養を与えてください。

 

 

そして、お互いを助け合いましょう。

 

 

与えて、与えて、与えるのです。

他者に与えることで得られる幸せは、この上ないものです。

私ももっとそれをしたかった。

病気になってから、多くの人が私をサポートしてくれました。

とても返しきれるものではありません。

そのことを私は一生忘れないでしょう。

 

 

あなたが死ぬときにお金を持っていてもなんの意味もありません。

自分の服を買う代わりに、誰かのためにそのお金を使いましょう。

あなたが同じ服を着ていても、誰も気にしません。

何より大切な人を食事に連れていったり、贈り物をすることは気持ちの良いことです。

その際に、大切に想っているという気持ちを伝えましょう。

 

 

自分のためにお金を使う際は、モノではなく経験に使いましょう。

ビーチに行って足を水につけ、つま先で砂を掘り、顔を海水につけてください。

自然を感じてください。

携帯の画面ばかり見るのではなく、ただその瞬間を楽しむようにしてください。

人生とは画面を通して生きることではないし、完璧な写真を撮ることでもありません。

大切な人との血の通う時間を大切にしてください。

 

 

早起きをして、鳥のさえずりに耳をすまし、朝日の美しい色を眺めるのです。

 

音楽を聴いてください。音楽はセラピーです。

 

犬を抱きしめてください。

 

携帯を置いて、友達と話をしましょう。

 

旅をしたいならしましょう。

 

生きるために働いてください、働くために生きてはいけません。

 

心が幸せに感じることをしてください。

 

ケーキだって食べていいのです。何の罪悪感もありません。

 

やりたくないことには、やりたくないと言いましょう。

 

他の人が考える理想の人生にプレッシャーを感じなくても大丈夫です。

 

平凡な人生を望んでも全く構いません。

 

愛する人に、毎日愛を込めて、愛していると伝えましょう。

 

 

そして覚えていてください。

もし何かが、あなたを不幸にさせたとしても、あなたにはそれを

愛など他のパワーに変える力を持っています。

この地球であとどれくらい生きられるか分からないのだから

そのようなことで時間を無駄にしてはいけません。

多くの人が同じことを言っていますが、これ以上の真実はないと思います。

 

 

とにかく、これは一人の若い女性からの人生のアドバイスです。

覚えていてくれても、忘れても、私は構いません。

 

 

あと最後に一つだけ、もし可能なら定期的に献血をしてください。

見過ごされがちだけど、一回の献血で3人の命が救えるのです。

これはすべての人が持つとても偉大な力です。

献血のおかげで、私は一年間も長く生きることができました。

大切な人たちと過ごすことができたこの一年間を、私は一生忘れません。

それは、私の人生で最も素晴らしい一年でした。

 

 

それでは、また会う日まで。

 

 

ホーリー

成人を祝う会

成人おめでとう

院と同窓会共催の「成人を祝う会」が2018年1月8日午後3時より行われた。

「もし私が、彼らと同じ成人を祝われる側にいたら、私はどんな夢を描いていただろう。」私はおそらく、AIに今とても興味があるので、コンピュータープログラム系の道に進んでいるかもしれない。AIに使われる未来ではなく、多くの学者・技術者が思い描いているように、AIによる豊かな環境作りに没頭しているかもしれない。

新成人の彼らはこれからどんな未来を歩むのか。平坦で楽な道など決してないだろう。しかし、目の前の壁がどんなにそびえようが必ず乗り越え、希望に向かって進んでくれることを祈ろう。

君の傍に神がおられることを、苦しい時こそ思い出すのだよ。

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健闘を祈る!

日本中が今年一番の寒さに見舞われた2018年1月13日。運命のセンター試験に我が仁川生も果敢に挑みました。

私たち教員応援部隊も「神戸国際」「甲南女子」「甲南」「神戸海事」4会場門前に集結。一人一人に声を掛け、思いを込めて会場へ送り出しました。

悔いのない時を過ごせますように!

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沖縄研修旅行前団3日目(30日)

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研修3日目の朝は穏やかに始まりました。今日も前団後団とも良い一日となりますように。

前団は今日、那覇への移動と各班で計画した本島内研修ということで、なかなかいいショットが撮れませんでした。そこで、フサキビーチでの記念写真を載せます。

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明日は観光地沖縄のもう一つの現実を知る少ない機会になります。雨の予報ですが、そんな中でも心に大切なものを刻む一日となりますように。

沖縄研修旅行前団2日目(29日)

研修旅行二日目は石垣島でのメインイベント満載。最高気温29℃の中、様々なアクティビティが朝から夕方まで様々な場所で行われました。

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私は「海のアクティビティ」に参加し、シュノーケリング・幻の島・マリンスポーツを生徒と共に満喫しました。石垣島は最近天候が荒れていたらしく、スタッフの方も「今日は久しぶりに風も波も穏やかな一日!」と満面の笑顔で話されていました。幻の島では、途中通り雨に見舞われましたが、南国らしい雲の流れと共に天気がどんどん変化していく様は、懐かしくも感動的でした。特筆すべきは海水で、その透明度は筆舌に尽くしがたい程でした。

 

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私は自分が参加したものしか報告できませんが、生徒たちは今日、それぞれのアクティビティを満喫してくれていたでしょう。

感謝。

沖縄研修旅行前団1日目(28日)

沖縄研修旅行が始まりました。

石垣では、最高気温28℃という11月末とは思えない程の天気が、私たちを待っていました。

関空に集合し空路石垣へ、石垣空港到着ロビーで南国の空気を吸いいよいよ島内観光です。

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「やいま村」で昼食。川平湾を経て「バンナ展望台」へ

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最後一枚は今日の宿泊地「フサキリゾートホテル」のビーチです。

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明日も好天に恵まれそうです。良き一日をお祈りください。

 

イルミネーション点灯

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2017年も沢山方々の善意(特に保護者有志の皆様)で点灯することが出来ました。仁川学院イルミネーションの自慢は手作りに尽きます。毎年、有志の皆さんが快くお手伝い下さり、コルベ講堂がクリスマスの装いになります。大勢ではなくても、皆さんと一つの物を作り上げる喜びがあります。

この光が、震災で亡くなられた方々の鎮魂と、今日も困難や悩みの中におられる方々の心を照らし、明日への勇気と希望の源となりますように、お祈りいたします。

まだ完成ではありませんが、明日から始まる高2の沖縄研修旅行が終えてから、最後の仕上げをしようと考えています。また、お手伝いして頂ける方々にはご連絡します。

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今年の『クリスマスの夕べ』は

12月16日(土)16:00~19:30(地域交流イベント)

12月23日(土)15:00~19:00(仁川学院企画イベント)

一般公開しています。在校生も卒業生の皆様も是非ご来場ください。

(聖書)主を敬う人

「主を敬う人の死は、主の目に値高い。」詩編116編15節

天井画
カトリック教会の暦で11月は「死者の月」と言われています。そして、11月1日「諸聖人の祝日」の翌日(11月2日)を「死者の日」として、天国に召された霊魂の安息を祈ります。
死は同時に天国での新しい命の誕生を意味しています。実りの秋の感謝に合わせて、自分に命のバトンをつないでくれた近しい人々を思い、祈りながら11月を過ごすのです。
さて、「主を敬う人」とはどんな人を指すのでしょうか。大事なことは信仰心があるかないかの問題よりも、その人が他者に対して誠実な人であるか、どうかということではないでしょうか。困っている人や誰かが悩み苦しんでいる状況を見て、私はどのように行動するのでしょうか。そう考えて行くとマタイ福音書7章でイエス様が言われた「だから、人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなた方も人にしなさい。これこそ律法と預言者である。」に行き着くのではないでしょうか。

(聖書)心の向かい方

『今わたしは人に取り入ろうとしているのでしょうか。それとも、神に取り入ろうとしているのでしょうか。』(ガラテアの信徒への手紙1章10節)

使徒パウロが書いたこの文書は、イエス・キリストの死後そう遠くない時期に書かれていますが、そんな頃からイエス・キリストの福音(教え)は危機に晒されていたことも感じさせます。

絆

10節の前後(6~8・10節)には、こう書かれています。

「キリストの恵みへ招いてくださった方から、あなたがたがこんなにも早く離れて、ほかの福音に乗り換えようとしていることに、わたしはあきれ果てています。
ほかの福音といっても、もう一つ別の福音があるわけではなく、ある人々があなたがたを惑わし、キリストの福音を覆そうとしているにすぎないのです。
しかし、たとえわたしたち自身であれ、天使であれ、わたしたちがあなたがたに告げ知らせたものに反する福音を告げ知らせようとするならば、呪われるがよい。
こんなことを言って、今わたしは人に取り入ろうとしているのでしょうか。それとも、神に取り入ろうとしているのでしょうか。あるいは、何とかして人の気に入ろうとあくせくしているのでしょうか。もし、今なお人の気に入ろうとしているなら、わたしはキリストの僕ではありません。」

 

パウロの周囲には個人的な思惑で、またキリストの福音をよく理解しないで、自分勝手に自分の都合で解釈する人々もいました。キリストの教えの真理を深く考察していたパウロからすれば、それは到底譲れない問題であり、同時にキリスト教神学の危機でもあったのです。しかし、伝える相手は「人」ですから、道から逸れていく人を正しい方向へ導くのはパウロからしてもどれ程大変だったことでしょう。
人間関係の難しさで、言うべきことがあるのに言えなかった経験が皆さんにもあることでしょう。その時、「自分は誰によく見られたいのか!?」という問いに向き合い、自分なりの答えが出せたならば、それが正解ではなくても、そのプロセスは大切なのではないでしょうか。

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